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HOME > アープは断然、ライブがいい。 > Vol,15 大宮あん朱一人舞台 ~金木犀モノ語リ~
アープは断然、ライブがいい。
Vol,15 大宮あん朱一人舞台 ~金木犀モノ語リ~

ステージの上には、ピアノも、PCも、マイクスタンドさえ置いていない。
上手に長椅子、下手にはマイクを置くだけの、小さな箱。

arpがライブをするセットではない。そう、今日はライブではないのだ。
あん朱が、たった一人で舞台を演じるのだ。
独り舞台を。

 ステージの壁をスクリーンとして映される、劇中の映像確認と共に、濱田は入念にサウンドチェック。舞台の音楽を担当したのは、勿論、彼。
 その場の人間に、そこが何倍も大きな空間であるかのような錯覚を起こさせる、壮大なサウンドから、とても微かな効果音。そして、あの声…
 彼の生み出した音を聴きながら、その映像を見ているだけ。ただそれだけなのに、もう切ない。

 リハーサル

 あん朱は普通に演技をしている。普通という言葉では語弊があるかもしれないが、素人目には、違和感を感じない。いつも、ライブを行うように、演技をしている。
 彼女は歌手だ。勿論舞台など、ましてや演技する今までやってきていない。だが、これから演じられるストーリーを、最も観る側に伝えることができるのは、あん朱以外に考えられない。

なぜならこれは、arpの世界で起きた物語。
物語と歌が交差する、ふたりにしか生み出せない世界。


108席。会場にぎっしりと並べられた椅子に、今日を待ち侘びたファンたちが敷き詰めた。これから起こることを、何も知らぬまま…


物語は、幕を開ける。


「世界はいつも不確かで、曖昧に出来ている。」
濱田の創った音に乗せ、四季が巡る映像が流れる。そこに聞こえてくる、あん朱の声。
初めて聴き、初めて見るのにどこか懐かしさを思わせる。

そして、あん朱が舞台に昇る。
大宮あん朱ではなく、物語の主人公として。

「これは、私の恋の物語。そして、別れの物語。アリガトウと…サヨナラ。」

力強く、そして優しい声でそう言った後、マイクを握る。

―  金木犀  ―

これから始まる、切ない物語を予感させる雰囲気が溢れている。そして、「彼女」の声がとてもいい。

美しい歌を奏でた「彼女」は、微笑みながら語りだした。
物語は、幼い頃の回想から始まる。

「もう1人の私」an6.JPG


幼い「彼女」の中には、もう1人の自分がいた。1人でいる時に、ふと現れるもう1人の「彼女」。色んな事を語り合える、話を聞いてくる、「彼女」にとっての最大の理解者。

そんなもう一人の自分は、ある日突然、消えた。
「家族も友達もいるのに、独りぼっちになったと思ったんだ。なんでだろうね…。」


― それでいいの? ―

「1人ならば…」
1人ならば、これ以上、何も起きない。

それで、いいの?
きっと「彼女」はずっとこの想いを抱いていたに違いない。

彼に出会うまでは…。


「彼女」を掠め、壁にはDNAの塩基螺旋配列が映し出される。
そして、大都会。彼女はその中で1人で立っている。

大都会を歩く人間たち。1人として同じ遺伝子配列を持つ人間はいない。
だが、「彼女」は言う。
「『やっと巡り合えたんだ』って出会いがあるとすれば、その2人は、ずっとずっと
昔、一つの魂だったのかもしれない。」と。

「彼」との出会いは、ネットの海の中。沢山の人が顔も見ずにすれ違う、インターネットの世界。沢山の人がいる中で、どうして彼だけが特別だったのか。それはきっと永久にわからない。だが、二人は何かに引き寄せられるように出会った。

 メールから始まった付き合い。お互いが、お互いの顔を知るまで半年かかった。

彼女の中から「彼女」が消えてから、どのくらいのときが経った頃だろうか。
「彼と初めてあった日、私は、心の奥に、ずっとたまっていた…息を吐いた。」

そう「彼女」は恋をしたのだ。

「それは始まりで、それは終わりで、それはただの普通の時。かけがえの無い、普通の時。」

an3.JPG
― 私の声 ―  

「生まれてきてくれてありがとう」
「彼」への想いを精一杯言葉にする、「彼女」。
例え自分を嫌っていても、誰かにとって必要な存在なら。それだけで、少し自分のことが好きになれる気がする。

~『私は、恋をした。』そっか、恋をしたんだ~

光が「彼女」の隣の空間を照らす。そこには、誰もいない…

どこからともなく、「彼女」を包む声…。

不安で周りを見回す、「彼女」。
声の主は続ける。   ~私のこと、覚えてないの?~

声の主は、そう、「もう1人の私」。

「なんで?なんで今になって?」
突然いなくなった「もう1人の私」。そして、今、また突然現れた姿の見えぬ「彼女」に、怒りにも似た感情を込め、問う。その姿を探すように。

すると、もう1人の「彼女」は言う。~あなたが、私を見なくなっただけ~

「もう1人の私」は決していなくなったわけではない。「彼女」が人と話す事に疲れ、ついには自分と話す事にも疲れてしまった。そして、自分で自分の耳と目を塞いだのだった。

~だから、私の事も見なくなった~

そして、今。「彼女」は恋をした。自分の目と耳を開いた。世界と繋がろうとした。

~そしたら目の前に私がいた。それだけのこと~

「彼女」はもう一度、世界と繋がろうとしている。それを「良い事だ。」という。
そんな「彼女」にもう1人の「彼女」は警告する。

~覚えておいて、世界は曖昧。何もかもが曖昧~

風の音と共に、また「彼女」は消え去ろうとする。
その「彼女」に問い縋る「彼女」。

だが、もうそこには彼女の声は響かなかった…

「人を好きになっちゃ、だめなの…?」


― Never more ―

ただ、彼のことが好き。その気持ちが自然と言葉に宿り、「彼女」の全身から溢れてくる。

そして、二人の出会いは、この曲の答えかもしれない。

― 桜 ―


ふと、「彼女」の表情が優しくなる。an4.JPG


「産まれたてのヒナみたいに危なげで、彼しか見えない子供だったんだ。」

「彼」との沢山の想い出。
 誕生日。二人で出かけた事。彼の癖。1つ、1つ、大切に語る…。

「…好きだった。…好きだった。何があったって彼がいれば大丈夫だって思ってた。」

― 夕立 ―  ― おやすみなさい ― 

衝動を抑えられなくなる程の、強い、強い「彼」への想い。そして、彼に注ぐ愛情。
これ程、恋した。
きっと、ずっと続くと思っていた…


an.JPG
「それは、あっと言う間の出来事。」

救急車の光が通り過ぎ、遠くで、サイレンの音が聞こえる。

彼が、倒れた。病魔は、もう彼を支配していた。


病室。ビニールの壁の中。沢山の管をつけた「彼」。優しく、うなづいた。
想いが巡り巡るだけで、何も言えない「彼女」。

「彼」が苦しそうに口を動かす。それを読み取る「彼女」

「ア…イ…シ…テ…ル…?」

彼の、最後の言葉だった。


― 満月 ―an2.JPG


「1人で泣いていませんか 愛している人はいますか 幸せになろうとしてるあなたのままでいますか」
「彼女」はどうだったのだろう。

泣き崩れる「彼女」。
そこにまた、あの声が響く…

~命は曖昧。生きることすら不確か~

遮る「彼女」。あの人さえいればいいと取り乱す。
初めて人を大事だと思えた相手。その相手は、もういない。 

~逃げちゃえばいいんじゃない?~

曖昧で、不確かで、彼のいない世界から、逃げる。
だけどそれは、彼のところに行くわけではない。と気付かされる「彼女」。

~彼と出会い、彼に惹かれ、そして彼と時を過ごした。それだけが、決して消えない事~

そう、「彼」は「彼女」がいる限り、決して消えない。
~記憶も思いも、そして命も。全てはとても曖昧だけど、自分の決めている間だけは、儚く存在する~


彼女の後ろには、一片の金木犀が、地面に舞っていた。

花は散る。そしてまた、咲く。

「何度でも生まれ変われる。生まれ変わらなくちゃいけない。悲しみも、切なさも、痛みも全部背負って、新しい自分になる事が出来る。私は何度でも、私になることが出来るんだから。」

「彼女」の目は、輝いていた。いい表情を、していた。

そして、もう1つの別れ。
自分の中の不安。逃げ場所。もう1人の「彼女」との、さよなら。

「楽しかったね」     ~楽しかったよ~

「サヨナラ」

― Reborn ―

ダカラカカエテ、イキテクンダロウ。



an5.JPG
















誰もいなくなった駅のホームに立ち、彼女は最後の言葉を語り始めた。


「これで私の話はおしまい。
今もこの世界は不確かで曖昧で、私は相変わらず、悩んだり迷ったりしてる。
 
だけど、1つおぼえたことがある。

私が私である限り。世界は存在する。

 花は咲いて、花は散って、また咲くんだ。今、この瞬間のために、全ての過去が…必要だった。

アリガトウ。サヨナラ。繰り返して繰り返して。
アリガトウ。サヨナラ。それでも前へ。
アリガトウ。サヨナラ。あなたを愛してました。
アリガトウ。アリガトウ。
…出かけよう。新しい自分になるために。」

― 金木犀 ―


今「彼女」はどこを歩いているだろう。相変わらず、悩んだり迷ったりしているだろうか。
この世界に何一つ、確かなものなど存在しない。僕たちはそれを忘れがちだ。
だけど「彼女」はきっと、それを忘れることは無いだろう。
僕たちは、どうだろうか。それを忘れずにいられるだろうか…

いや、きっと覚えることではない。それは、事実として、この世界を構成していることなのだから。

僕たちも「彼女」と同様に、不確かで曖昧な世界を生きているのだから。

                                                    Mura Jun



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